第1章 優しい人
「キツくないか?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「あぁ。では帰るぞ」
そう言うと、冨岡さんはくるっと後ろを向き、何故か私の前にしゃがみ込む。
何を…しているのかしら?
「冨岡さん?」
「おぶってやる」
「ぇえ⁈」
「右足、痛いのだろう?」
直してもらった草履。
応急処置だったため、やっぱり少々歩き辛く…
脱げないようにと変に力を入れていたので少し痛めてしまったみたいだ。
というか、もう身体のあちこちが痛くて直ぐにでも横になりたいくらいだったので、冨岡さんの申し出は正直有り難かった。
「痛い…です」
「すまなかった。上手く直せなくて」
「冨岡さんのせいじゃないです!…じゃあ、お言葉に甘えて。…失礼します」
恐る恐る冨岡さんの肩に手を置いて、そっと身体を乗っけると、冨岡さんはゆっくりと立ち上がった。
おぉ、高い。
冨岡さんの目線てこんな感じなんだ。
いつもと違う風景にちょっと心躍った。
「首に腕を回してくれて構わない。落ちないように」
遠慮してたのが分かってしまったようで。
そうだな、落ちたら大変だと思い、肩に置いていた手を前に回した。
「それでいい。では行くぞ。道案内頼む」
「よろしくお願いします。こっち、ここの通りを東に進んで、通りを出たら左に行ってください」
「承知した」
ゆっくりと歩き出す冨岡さん。
乗せてもらった背中は広くて温かくて、すごく安心する。
ゆらゆらと心地の良い揺れに、段々と瞼が重くなってくる。
自分の意思とは無関係に、自然にこてんと傾げる頭。
このまま眠ってしまいたい…
「まだ寝るなよ」
その声に、一気に現実へと引き戻される。
「はい!寝ません!」
可笑しかったのか、フッと笑った冨岡さん。
笑った顔、ちょっと見たかった…
「左に曲がったら何処へ行けばいい」
「真っ直ぐ行ったら橋があるのでそこ渡ってください。そしたらすぐ右に曲がって、そこの川沿いの長屋の一番奥が私の家です」
「分かった」
それから眠気はやって来なくて、家に着くまでの間色んなお話をした。
春になるとここの桜が綺麗なこと。
私のいるお店のこと。
私の家族はもういないこと。
一人で暮らしていること…