第9章 揺蕩う幸福
「よーし、相澤の回復祝いにアイスパーティーだァ!」
「私はこれがいいな。消太さん、前にこれ食べてたよね。開けようか?」
「……明日でいい。もう寝る」
賑やかな声を背に、相澤は寝袋へ向かう。
しかし、床にしゃがみ込もうとした瞬間、巻かれた包帯が途端に重さを増したかのように感じた。
わずかな動きでも傷の奥から鈍い痛みが滲む。
顔をしかめ、無意識に息を止めた。
眉間には険しい皺が刻まれ、そのまま動きが止まった。
「今日は寝袋ダメ。せめてソファーで寝ようよ、ね?」
「いつもそこで寝てるのはお前だろ」
「私は部屋で寝るから大丈夫だよ」
しばらく押し問答が続いた。
結の揺らぎのない眼差しと声に、相澤はついに小さく息を吐く。
そして、諦めたように寝袋から離れた。
片付けることもできず、疲れを隠さぬ顔でソファーへ身を横たえる。
少しでも動けば痛みが走り、呼吸のひとつにも気を遣う。
無理に姿勢を変えるのを諦め、体を固めたままそっと目を閉じていた。
結は黙って毛布を取り、相澤に掛ける。
布越しの温もりに、彼のまぶたが微かに震えた。
「……いろいろと悪い。ありがとう」
消え入りそうなほど小さな声だった。
だが、結にはそのひと言で十分だった。
山田が帰った後、部屋には夜の静けさが戻る。
深まっていく闇の中、結は眠る相澤の横顔を見つめる。
険しさの抜けた寝顔には、穏やかさが宿っていた。
隣にいたい。
そんな思いが胸を満たすが、今は休息が何より大切だと自分に言い聞かせ、結は自室へ戻った。
昨夜に続いて一人で迎える夜明けだったが、胸の内には確かな安らぎが残っていた。