第16章 手放せない熱
「……敵でも、優しい人はいるよ。ヒーローなのに平気で暴力振るったり、暴言を吐く人もいるし」
高校に入る前も、敵に襲撃されたあの日も、実体はないが彼はそばにいた。
一度や二度ではない。
数え切れないほど、彼は結の近くで、ただ静かに見守ってくれていた。
「君は、そんな人たちとは違う。さっきも助けてくれた」
「……助けたつもりはねェ」
「そう思ったの。敵だって知ってるけど、それでも――友達だから。私は困らないよ」
二人の視線がようやく重なる。
不機嫌そうに歪んでいた男の眉が緩み、顎がわずかに動いた。
しかし、彼は何も語らず、黒いマスクを引き上げて口元を隠した。
「あとで後悔すんなよ」
低く吐き捨てられた言葉には、拭いきれない躊躇と、脅しとも忠告ともつかない響きを残していた。
そして、男は結に背を向けたまま靴底を鳴らし、路地裏の奥へと歩み去っていく。
「え、もう帰っちゃうの?」
「あァ。また連絡してやるよ」
「そっか……今日はありがとう。久しぶりに会えて嬉しかった」
男は振り返ることも、別れを惜しむ仕草を見せることもなく、路地裏の先に消えた。
呼び止めたとしても、彼の歩調が変わらないことは分かっていた。
寂しさは静かに胸の内に広がっていく。
遠くでは、呼び込みの声や、焼き菓子の甘い香りが昼の熱気に混じっている。
結は残された時間を埋めるために、パーカーのフードを深く被り、人波の方へ踵を返した。