第9章 揺蕩う幸福
「……結の怪我、他に何か聞いてるか」
「右手を強打して痺れが出てる、ってこと以外なーんも。本人に聞くのが早いンじゃねェの?」
「聞こうとしたが、避けられた」
「つっても、隠すほどのことなくねーか? 相澤の言い方の問題だろ、言い方ァ」
山田は眉を上げ、すぐに目尻を緩めた。
袋の底を指先で探りながらも、相澤の小さな反応を逃さずに追っていた。
「結ちゃんが“大丈夫”って言ってんの。それ以上、俺らがどうこう言うことじゃねェよ」
サングラスの奥から真っ直ぐな視線が投げられ、弁当の一つが相澤の前へ置かれた。
同時に、洗面所から鳴っていたドライヤーの音がふと止む。
扉がきしみ、風呂上がりの湿り気を含んだ空気がふわりと流れ込んだ。
「お風呂あがったよ。あ、ひざしさん、こんばんは」
「な? 結ちゃんもそう思うよなー?」
「何の話……?」
湯気をまとって現れた結は、問いの意味がつかめず相澤を見る。
しかし、相澤はわずかに俯き、答えようとはしなかった。
「相澤が口下手で愛想悪いってトークゥ」
「ンなこと話してなかっただろ」
「してましたー」
「たしかに、ひざしさんと比べたら口数は少ないけど……一緒にいて、愛想悪いなんて思ったことないよ?」
その言葉に山田の手が止まった。
結の肩へ伸ばしかけた腕が宙で固まり、相澤の表情を探る。
相澤もまた、驚きを隠し切れずに目を伏せていた。