第9章 揺蕩う幸福
硬い答えに山田は相澤の口数の少なさを見透かしてニヤリと笑い、軽くからかった。
相澤は特に反論せず、無言のままだった。
山田は二人を交互に見やり、一人は包帯越しでも明らかに不満そうな顔をしており、もう一人は初めて出会った頃には想像もつかなかったほどに幸せそうな表情を浮かべていることに気づいた。
「よーし、相澤の回復祝いにアイスパーティーだァ!」
「私はこれがいいな。消太さん、前にこのアイス食べてたよね。開ける?」
「明日でいい。俺はもう寝る」
相澤は床に敷いた寝袋に入ろうとしたが、身体を包む包帯の重みと、動くたびに響く痛みで思うように動けなかった。
彼の顔には焦りが滲み、眉間に深い皺が刻まれていた。
結はその様子を見て、説得を繰り返す決意を固める。
しばらくのやり取りの末、相澤はついに折れた。
真剣な眼差しと決意に満ちた声が彼を押し切った。
相澤は寝袋を畳むことすらできず、疲労感を隠せないままソファーに横たわることになった。
痛みを避けるように体を動かさず、深いため息をつきながら目を閉じる。
結はその姿に胸を痛めつつ、毛布を取り出し、そっと彼の体に掛けた。
「結――」
相澤が呟いた感謝の言葉は、消え入りそうなほど小さな声だった。
それでも、その一言が結の心に深く染み渡り、胸をいっぱいにした。
どんなに小さな言葉でも気持ちが伝わるだけで結には十分だった。
その後、山田が去った部屋には静寂が訪れた。
風が止まり静まり返った部屋で結は相澤の寝顔を見つめていた。
いつもの厳しさが消え、安らぎだけが浮かんでいるように見える。
相澤の体調を気遣って隣で眠ることはせず、自室に戻ることにした。
側にいたい気持ちは強かったが、それ以上に彼に休息を与えたいと思ったのだ。
昨夜に続いて自分の部屋で朝を迎えることになったが、心には確かな温かさが残っていた。