第9章 揺蕩う幸福
「そーだ、結ちゃん。コイツ、本当は明日の朝に退院予定だったんだぜ? 早く帰らせろって聞きやしねェの」
食事が終わり、からかうような山田の言葉に結は少し驚いた様子を見せ、相澤は顔をしかめた。
成人男性の風呂の介護を女子高校生に任せるわけにはいかないと、結に気を遣った山田が面倒見役を買って出た。
しかし、風呂場から戻ってきた相澤はさらに不機嫌そうで、明らかに風呂場でのトラブルが彼の機嫌を悪化させたと感じさせた。
「おい、余計なこと言うな」
「素直になれって! 心配で心配で夜もおちおち眠れなかったって――」
からかい続ける山田に対し、突然彼の声が消え「デジャヴ!!」と大げさな素振りを見せた。
声が響かないことで動きだけがやたらと目立った。
「生徒たちは授業があるってのに、俺だけ呑気に寝てられるか」
相澤は机に並べられた色とりどりの菓子やアイスクリームを一瞥し、静かに目を伏せた。
呟くような声には、ただの不満以上に責任感と焦りが混ざっていた。
「それもそうだけどよ、ずうっと結ちゃんのコト、気にしてたよな? な?」
「私?」
山田は巻き込むようにして話題を振った。
相澤の視線が一瞬揺れたのを見逃さず、結はアイスを選ぶ手を止めてじっと彼の顔を見つめた。
「……俺は教師である前に、保護者代理だ。やられた姿を晒して、一人にして悲しい思いをさせた。心配するのは当然だろ」
「そーやって全部言っちまえばいいのに」