第9章 揺蕩う幸福
「一人にさせて悪かった。心配かけたな」
相澤の顔には、彼の髪色とは対照的に真っ白な包帯が巻かれていた。
両腕は三角巾で固定され、自由が効かない状態が見て取れる。
約一日ぶりに相澤の姿を目にした結は、安堵と共に全身の力が一瞬で抜け落ちた。
息をつく暇もなく、胸の奥に溜まっていた感情が一気に溢れ出す。
机の上には既に牛乳が置かれていたが、左腕に挟んでいたペットボトルが床に落ち、無力に転がっていった。
「かっこ悪い姿を、見せたくはなかったんだが」
「そんなことないよ。私たちを守るために必死に戦ってくれて、化け物にだって立ち向かって、すごくかっこよかった。怪我をしてまで、一人で動いて――」
昨日の相澤の姿が、能力の影響で鮮明に思い出される。
ヒーローとして戦う彼の姿と、血だらけで横たわる姿の両方が結の心に強く刻まれていた。
感情が激しく揺さぶられると涙が瞳からこぼれ落ち、頬を伝って静かに流れていった。
「生きて、帰ってきてくれて……本当によかった……っ」
視界が滲み、袖で拭いきれなかった涙が新たな染みを作っていく。
泣き止まないことに気づいたときにはもう遅かった。
涙は止まることなく、止めどなく流れていく。
受け止めきれずに床に零れていく水滴を、相澤はただ眺めるしかなかった。
包帯で固定された両腕は頬に触れることができず、手を伸ばせないことに苛立ちを覚える相澤は結の目の前に立った。
切り揃えられていない長い前髪が首元をくすぐり、彼の存在が更なる安心感を与えていた。
「……大丈夫だ。もう、一人にはしないよ」
相澤は結の顔をじっと見つめながら「それ以上擦ると赤くなるぞ」と机の上に置かれたティッシュ箱を渡そうとするが、包帯で手の動きを制限された今の状態ではそれもままならない。
箱を睨みつける相澤の元に結は駆け寄った。
ぽかりと空いていた胸は満たされ、じんわりと暖かさを取り戻していた。