第8章 孤独を満たす
しばらくして、警察車両は雄英高校の正門前で止まった。
午後の光はすでに傾き、校舎の影が長く地面に伸びている。
結は塚内と並んで車を降り、重い足取りで校舎へ向かった。
「一人で保健室まで行けるかい? 荷物は私が取ってくるよ」
「大丈夫です。お願いします」
そう言い残し、塚内は教室の方へ歩いていく。
結は長い廊下を進み、保健室の扉を押し開けた。
清潔な空気が流れ、リカバリーガールが穏やかに迎える。
ベッドには緑谷が横たわり、隣には誰かが眠っている気配があった。
「おや、遅かったね」
「遅れてごめんなさい。緑谷くん、腕はもう平気?」
「う、うん! この通り、治してもらったよ」
「よかった……本当に」
結はかすかに微笑み、椅子へ腰を下ろした。
右手を差し出し、骨折の有無を頼んだ。
震えの残る手には、戦いの余韻がまだ色濃くこびりついていた。
「こりゃまた、派手にやったねぇ」
手を取って触診するリカバリーガールの額に皺が寄る。
結は静かに頷き、深く息を整えた。
敵に個性を使った瞬間から、右手が戻らないことはうすうす感じていた。
「外傷はなく、骨も折れていない。ただ……折られても気づけないくらい、神経の損傷が大きいね」
「……じゃあ、試しに今折ってみます?」
「ダ、ダメだよ千歳さん!?」
結が左手を右腕に添えた瞬間、緑谷が慌てて起き上がった。
リカバリーガールは小さく息を呑み「あんた、自暴自棄になってないかい」と低い声で問う。
結は聞こえないふりをして肩をすくめた。
「冗談だよ」
「じょ、冗談……びっくりした……」
緑谷の声は普段よりわずかに硬かった。
結の心がまだ傷ついていることを、彼は直感で察したのだろう。
リカバリーガールはため息をつき、右手にそっと口づけてから包帯を巻いた。
治せない傷であっても、少しでも安らげばと願うような仕草だった。