第7章 酷悪
「1-Aクラス委員長、飯田天哉!! ただいま戻りました!!」
響き渡る力強い声。
施設から雄英まで、長く果てしない道のりを懸命に走り抜けた飯田が、凛とした面持ちで立っていた。
沈みかけていた船が再び帆を上げるかのように、希望が生徒たちの胸に芽吹く。
蛙水と峰田は、麗日の個性を頼って相澤を託し、慎重に運搬を始める。
その間に、緑谷は迷いもなくオールマイトのもとへと駆けていった。
それぞれが己の判断で動き出す。
血に染まった相澤の姿が、教師たちの手によって施設の外へと運ばれていく。
そんな光景が、結には奇妙なほどゆっくりと映った。
「結ちゃん」
不意に背後から呼びかけられ、結ははっと我に返る。
振り返った先には、プレゼント・マイク――山田ひざしが立っていた。
その瞳には優しさと悲しみが混ざり合っている。
「ひざしさん、ごめんなさい……私……っ」
「大丈夫だ、結ちゃんは何も悪くねェ。よく頑張った。謝ることなんて何もねェよ」
言葉にできない悔しさが喉を詰まらせる。
震える声で謝罪を絞り出す結の肩に、マイクの大きな手がそっと置かれた。
優しく結を包み込むが、胸の奥に染みついた無力感や罪悪感はすぐには拭えなかった。
一方で、顔に手の装飾をつけた男は、黒い靄とともに退却を始めていた。
その動きをプロヒーローのスナイプが逃さなかった。
鋭い銃声が響き、放たれた弾丸が彼の肩を貫いた。
「今回は失敗だったけど……今度は殺すぞ。平和の象徴オールマイト」
肩を押さえ、男は憎悪に満ちた言葉を吐き捨てる。
黒い靄が彼らの周囲を包み込むと、跡形もなく消えていった。
怒声と爆音に満ちていた建物に、ようやく静けさが戻る。
この日、彼らが目の当たりにした現実は重く、ヒーローを夢見るにはあまりにも残酷だった。
その後に待ち受ける更なる試練を、まだ誰も知ることはなかった。