第7章 酷悪
「え、あれっ!? は、速ぇ……!」
「皆、入口へ! 相澤くんを頼んだ。意識がない、早く!!」
峰田が思わず声を漏らすが、オールマイトは振り返らず、短く指示を放つ。
緊迫感のある声に、四人は迷わず動き出した。
結は右手を庇いながら、左手を相澤の体に伸ばす。
だが、手のひらが触れる寸前で躊躇が走った。
左手の個性は繊細な制御が必要で、重傷者を運ぶ経験はない。
「千歳さん、その右手……」
力加減を誤れば、取り返しのつかないことになってしまう。
焦りと恐れで、結の手は微かに震える。
そんな迷いを断ち切るように、緑谷が声をかけた。
「化け物に触ったときに、怪我をしたんじゃ――」
「大丈夫……助けなきゃ……急いで、運ばないと……」
「運ぶのは僕たちに任せて。千歳さんは少し休んだ方がいいよ……!」
緑谷の手が結の左手に重なり、真剣さと優しさを含んだ言葉に、結の心は揺れる。
自分の力で守らなければという使命感が、理性を押しつぶしそうになっていた。
視線はずっと、相澤から離れない。
「私は緑谷ちゃんに賛成よ。こんな状況だもの、いつまた敵に攻撃されるかわからないわ。相澤先生を心配する気持ちは同じだけれど、無理はしないで、結ちゃん」
「お、オイラも! オイラも手伝うぞ!」
蛙水と峰田の声が重なり、結の胸に染み込む。
暗い室内に差し込む、温かい光のようだった。
蛙水は結の右手をそっと両手で包み込むと「お水みたいに冷たいわ」と微笑む。
冷え切った指先は、もはや感覚さえも失っていた。
運ばれる相澤の姿を見つめ、結は立ち尽くす。
右手の痛みよりも、自分の無力さが突き刺す、鈍く深い痛みが胸を苦しめていた。