第7章 酷悪
「は?」
そのとき、顔に手をまとった男が異変に気づき、腕を振り上げていた脳無の動きがぴたりと止まる。
硬直したまま、ゆっくりと視線だけが腹部へ落ちた。
次の瞬間、肉が内側から盛り上がり、風船が裂けるように腹部が破裂した。
膨れ上がった肉塊が勢いよく弾け飛び、赤黒い飛沫が周囲に散る。
肉片と血が宙を舞い、遅れて乾いた音が響く。
脳無は不気味な声を漏らし、足を踏みしめたまま崩れ落ちた。
「い……っ!!」
遅れて、結の右手に激痛が走った。
これまでの痺れは、ただの予兆にすぎなかったのだろう。
骨の軋みが全身へ波紋のように広がり、神経が焼けつく痛みが一気に押し寄せる。
涙が滲み、歯を食いしばる余裕さえ奪われ、顔がひきつった。
それでも結は動きを止めずに、苦痛を押し込みながら、地面に倒れた相澤を庇って一歩踏み出す。
「脳無に穴を空けた? そんな個性を持ってるやつが、人助けなんかできんのかよ……ああ、でも……つまらない夢と一緒に、消しておけばいいのか」
爪で皮膚を引っかく不快な音が響き、血の気のない指先がゆっくりと伸びる。
頬へ触れようとする動きは妙に緩慢で、時間が鈍くなったような錯覚が頭を包んだ。
全身が固まり、力がどこにも入らず動けない。
死が、音もなく近づいてくる。
何もできなかった自分が胸にのしかかった。
震える唇を噛みしめ、結は目をきつく閉じる。
冷たい指が頬に触れ、反射的に身体が震える。
しかし、続く衝撃も痛みも訪れなかった。