第7章 酷悪
「もうここまで辿り着いたのかよ……ガキの足止めもできないなんて、使えないヤツらだな……」
冷たく平坦な声が鼓膜に響く。
顔を上げた先に立っていたのは、全身にいくつもの手をまとわせた不気味な男だった。
眼差しに宿っているのは、隠しようのない悪意。
殺意という言葉さえ追いつかないほどの、底の知れぬ敵意だった。
結は一気に体温を奪われる感覚に囚われる。
だが、怯んでいる暇はなかった。
乱れる呼吸を押し込めるより早く、身体は自然に前へと踏み出していた。
思考より先に、本能が走っていた。
「消太さんから、離れて……!」
相澤の上に覆いかぶさる脳無と呼ばれる化け物へ、結は迷いなく飛び込む。
露出した脳、異常に発達した筋肉。
巨大な姿は現実の輪郭さえ曖昧にしていた。
普通の攻撃は通じないと、直感が告げている。
求められているのは、オールマイトに迫る破壊力だった。
それ以外は、この怪物の前では無力に等しかった。
「あはは、一人で脳無を倒す気か?」
男の嗤う声が背後から突き刺さった。
だが、結の耳はそれを捉えない。
視界にあるのは脳無だけ。
目の前の怪物が、大切な人を押し潰している――その一点が、怒りと恐怖を容赦なくかき立てた。
相澤は「無闇に戦うな」と言っていたが、そんな忠告を守れる状況ではない。
何もかもが手遅れになる前に。
祈るような気持ちで、結は右手を脳無の腹部へと伸ばした。
発動したはずの個性は、沈黙したまま微動だにしない。
痺れも、痛みも訪れなかった。
ただ、敵の皮膚の異様な硬さだけが指先に残った。