第7章 酷悪
「早く……早く、動いて……っ」
胸の奥で焦りが膨らみ、噴水の先にいる相澤の姿を求めてひたすら前へ走る。
そして、辿り着いた瞬間。
結の視界に飛び込んできたのは、現実とは思えないほどの惨状だった。
地面に伏した相澤。
その上に跨る黒い巨体。
まるで無抵抗の獲物を押さえつける捕食者のように、怪物は微動だにせず彼を押さえつけていた。
「消太、さん……?」
声は震え、空気に吸われていく。
理解すればするほど、胸の奥で軋む音がした。
敵の個性で崩れたのであろう右肘。
相澤の頭のすぐそばには、深く割れたコンクリート。
どれほどの衝撃を受けたのか、その跡が物語っていた。
頭部から流れ出す鮮やかな赤は、地面を濡らしながら静かに広がっていく。
「……う、そ」
しぼり出した声は限りなく弱く、耳にすら届かない。
心臓の鼓動がうるさく響き、呼吸が急速に浅くなっていく。
目の前の現実が、結の否定を簡単に踏みにじった。
同時に、封じ込めていたはずの過去が脳裏をさらった。
――赤黒い床、鼻を突くほど血の匂いに満ちた部屋。
窓の外で怒号のように響く大人たちの声。
呼びかけても反応しない、あの体温と静寂。
記憶ではなく、再び目の前に現れた現実に、肺が空気を求めても吸えず、咳の合間に涙が滲んだ。