第1章 新しい日常
他の教師の姿が見えないことに、結は「な、なんで」と小さく呟いた。
緑谷もまた困惑を隠せないまま「この人もプロヒーローなのか」とぽつりとつぶやく。
男は生徒たちの反応など一切気にせず、教室に足を踏み入れると、乾いた声音で告げた。
「担任の相澤消太だ。よろしくね」
「担任!?」
その言葉は一斉に教室中を駆け巡った。
理解が追いつかないという顔で口を開けたままの者、目を見開く者、呆然と椅子に座ったままの者。
それぞれが自分なりの衝撃に身を固くしていた。
結もまた心の中で「聞いてない!」と叫びながら彼を見つめる。
そんな思いを真正面から受け止めた相澤は、何事もなかったかのように「まあ、言ってないからな」と視線だけ返してきた。
この男――相澤消太は、雄英高校の教師であり、現役のプロヒーローでもある。
彼と結の関係は単なる教師と生徒に留まらない。
数年前のとある出来事をきっかけに、二人は同じ屋根の下で暮らしている。
血の繋がりはなくとも、結にとって「家族」と呼べる存在だった。
昨夜の相澤はいつもと変わらない様子で、今朝も早々に家を出たきり特別な素振りは何一つなかった。
学校で彼と再会することはあっても、まさか担任という立場で向き合うとは想像もしていなかった。
驚きと戸惑い、嬉しさが静かに波紋を広げる。
学校でも共に過ごせるのだと思うと、心の奥が温かくなった。
相澤は教室を見渡し、机の数と生徒の顔ぶれを一瞥で確認すると、再び寝袋を漁り始めた。
その動きに無駄はなく、どこか手慣れていた。
「早速だが、これ着てグラウンドに出ろ」
高く掲げたのは、一着の雄英高校指定の体操服だった。
しっかりとした布地が運動着以上のものだと感じさせる。
耐久性の高さがうかがえる服は、目にした者たちにこれから待ち受ける厳しい時間を予感させた。
そして、彼が“担任”として、否応なしにこの一年を引っ張る存在であることが教室全体に伝わっていた。