第7章 酷悪
「先生を心配すんのは分かるけどよ……! 行くぞ、千歳!」
「緑谷くん、分析してる場合じゃない! 早く避難を!」
相澤の戦う姿に釘づけになっていた結の腕を、切島がしっかりと掴んだ。
乱れた心を置き去りに、彼の力強い手に導かれて階段を後退する。
近くでは、緑谷が無自覚に相澤の動きを分析し始めていたが、飯田の焦った声で意識を現実に引き戻していた。
状況は明らかに無謀だった。
プロの相澤でさえ、一人で抑えきれる数ではない。
結は守られることしか許されない自分に、胸の奥がきしむほどの歯がゆさを覚えた。
それでも今は、13号の近くにいることが最も安全だと、言い聞かせるしかなかった。
「させませんよ」
中央に滞留していた黒い靄が、いつの間にか出口付近に現れ、避難経路を塞いだ。
ざわりとした不穏が、生徒たちの間を走る。
「初めまして、我々は敵連合。せんえつながら……この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは、平和の象徴オールマイトに、息絶えて頂きたいと思ってのことでして」
丁寧な口調とは裏腹に、声には冷たい殺気を含んでいた。
13号は生徒の前に立ち、個性発動の準備として手元の蓋を外す。
その瞬間、二つの影が飛び出した。
切島と爆豪だ。
拳を構え、一直線に靄へ突っ込んでいくが、届かない。
靄は質量を曖昧に保ったまま形を変え、衝撃を吸い込んだ。
「ダメだ! どきなさい二人とも!」
13号の制止が響いたときには、もう遅かった。
黒い靄が巨大な波のように広がり、生徒たちを一気にさらっていく。
焦りと恐怖の混ざった叫びがどこかで上がったが、その声は届かない。
靄が13号の横をすり抜け、結の体をゆっくりと呑み込んでいった。