第7章 酷悪
「以上! ご静聴、ありがとうございました!」
「ステキー!」
「ブラボー! ブラーボー!!」
「そんじゃあ、まずは――」
歓声に包まれた空気の中で、相澤が口を開いた。
しかし、説明を始めるより先に、ふと前方へと視線を向け、微かに息を呑む。
訓練場中央の噴水。
周囲には黒い靄が揺らめいていた。
煙のようだった影は見る間に広がり、闇の奥から異物が現実へ滲み出した。
――日常が音もなく崩れ落ちる。
“悲劇”が再び始まろうとしていた。
「ひとかたまりになって動くな! 13号! 生徒を守れ!!」
相澤の鋭い声が響くと同時に、黒い靄の中から複数の人影が姿を現した。
生徒たちは足をすくわれたように動けず、ただ闇が形を持つのを見つめていた。
「何、あれ」
「また入試ん時みたいな、もう始まってんぞパターン?」
「動くな!!」
施設中央へ踏み出そうとした切島の肩を相澤が強く掴んだ。
彼の手には黄色いゴーグル。
ヒーローとして戦うときに必ず装着するものだ。
言葉よりも早く、結には悟れた。
今、自分たちは本物の戦場に踏み込んでしまったのだと。
「あれは、敵だ!!」
ヒーロー科の生徒とはいえ、実戦で敵と対峙するにはまだ早い。
本来なら模擬戦を重ね、少しずつ段階を踏み、やがてプロヒーローの現場に同行する。
そうした教育が用意されているはずだったが、その予定は唐突に破られた。
靄の中心から一人の男が姿を現す。
頭、肩、腕、足などに無数の手が張りついていた。
生気のない、いくつもの白い掌が彼自身を覆っている。
「せっかく、こんなに大衆引き連れて来たのにさ……オールマイト、平和の象徴いないなんて……子供を殺せば来るのかな?」
抑揚のない声だった。
それなのに場の温度をひどく奪う。
そこにあるのは敵意という言葉では足りない。
血を求める冷たさと、平穏を嘲る悪意、どちらでもあった。
ようやく、生徒たち全員が理解し始めていた。
これは訓練ではなく、命を奪われる危険の中にいるのだと。