第6章 波乱の一日
「あっ、千歳!」
喧騒を裂くように、聞き慣れた声が届いた。
切島は混雑に呑まれかけた結を見つけると、人波をかき分けて駆け寄ってくる。
差し出された手に指を伸ばすと、切島はその手を強く引き寄せた。
人の流れに抗いながら壁際へ導き、自らの身体で結を庇う。
押し寄せる圧から守るように腕を広げ、その内側に結を収めた。
赤いネクタイが視界の隙間で揺れる。
「ご、ごめん、切島くん……ありがとう」
「いいって、いいって! 無事でよかったぜ」
震えた声に、切島は安心させるように笑った。
その表情には再会できた安堵が滲んでいた。
「上鳴くんは……?」
「あいつは、ソーメンみてぇに流れていっちまった……もっと早く気づいてれば助けられたんだろうけどよ……完全に俺の力不足だ。すまねぇ、上鳴……!」
悔しさを隠さず、切島は出口の方へ視線を向けて「お前のこと、忘れねぇからな!」と叫んだ。
人波に呑まれていく上鳴の姿は見えていないはずだが、結の頭には転びかけながら、叫びながら、必死に手を振っている姿が浮かんだ。
そんなイメージを振り払うように頭を軽く振って、目を伏せた。
手首には、先ほど掴まれた感触がじんわりと残っている。
離れ離れになった仲間へ思いを馳せながら、ただ事態が収束するよう祈るしかなかった。