第6章 波乱の一日
「だ、誰……離して……っ」
混乱と恐怖が入り混じり、結は必死に抵抗した。
脳裏に浮かんだのは、相澤ならばこの状況を放っておくはずがないという考えだった。
袖口から見えるのは紛れもなく雄英高校の制服。
名を呼ぶ声や説明を求める言葉はなく、ただ無言で強引に引っ張られるだけだった。
手首への力がさらに強まり、無理やり引っ張られそうになった瞬間、結は全身の力を振り絞って手を振り払った。
勢い余ってバランスを崩しながら、結は人々にぶつかりつつ後退し、硬い壁に激しくぶつかる。
鈍い痛みが背中を貫き、その場で息を整えることもままならなかった。
「あ! 千歳っ!」
突然、切島の声が聞こえた。
彼は大きく手を振り、混雑に飲み込まれそうな結に向かって必死に手を伸ばしている。
人波をかき分け、壁に張りつくように立つ切島の目には、混乱の中でも結を見つけ出そうとする決意が込められていた。
結は切島の手をしっかりと握り返すと、ぐっと引き寄せられる。
人々が押し寄せる中、切島は自らを盾にして結を壁に押し込むように守り、両腕を広げて結の左右を覆い尽くした。
結の視界には切島の赤いネクタイが大きく映り込んでいた。
「ご、ごめん、切島くん。ありがとう……」
「いいっていいって! 千歳だけでも助けられてよかった」
謝罪と安堵が混ざった声に切島は気にする素振りも見せず、力強く首を振りながら微笑んだ。
彼の言葉には、結を守れたことへの安心感が滲んでいた。
「上鳴くんは……?」
「あいつはソーメンみてぇに流れちまった……もっと早く気づいていれば助けられたんだろうけど……完全に俺の力不足だ、すまねぇ上鳴……!」
切島は悔しそうに出口の方を見つめ、小さく「お前のこと忘れねぇからな!」と叫んだ。
非常事態の中、上鳴がソーメンのように流されていく姿が簡単に想像でき、結は心の中で申し訳なさそうに上鳴に謝罪した。