第1章 新しい日常
そんな中、二人の会話に眼差しを向ける人や耳を傾ける人が現れ始めた。
ジロジロと観察するような視線は良い気分になるものではなかった。
楽しげに話す切島には申し訳ないが、次から次へと止むことの無い質問を時には真面目に答えず、結はこの場をやり過ごすことにした。
しかし、切島にとって実技試験の出来事は衝撃的で。
話していく内に話題は尽きることなく個性の話に切り替わっていた。
「そういや、千歳の個性って見た感じ浮遊系だったよな! 人も浮かせたりできんのか?」
「それは……試したことがないからわからない、ごめんね」
「いやいや、謝らなくていいって! あ、じゃあ今度試してみようぜ! 俺、協力すっからよ。もし落っこちても俺の個性なら――」
「お友達ごっこしたいなら他所へ行け」
切島はその続きを口にすることはできなかった。
弾む声を遮るように気だるげで低く良く通る声が教室に響いたからだ。
二人は反射的に前方から聞こえた男の声の方向に振り向く。
教室にいる生徒たちも皆、一点に目が釘付けになっていた。
声の元となる男の姿は見当たらないが、代わりにボサボサな緑髪とそばかすが特徴の緑谷出久と、茶髪で可愛らしい容姿の麗日お茶子が顔を引きつらして廊下を凝視していた。
「ここはヒーロー科だぞ」
男は扉の前で黄色い寝袋に身を包み、顔だけを露わにして横たわっていた。
穴が空くほど見続けている緑谷たちを他所に、ゴソゴソと懐から愛用のゼリー飲料を取り出すと勢いよく吸い上げてみせる。
奇妙な姿を目にした生徒たちは「なんかいる!!」と声に出せない思いを心の中で叫んだ。