第4章 二人だけの時間
皿に残った汚れと洗剤が、冷たい水にさらわれて流れ落ちていく。
流し台の水音だけが響くキッチンで、結はいつものように二人分の食器を片づけていた。
手を動かすこの時間は心の調子を整える習慣でもある。
食器の触れ合う軽い音と、水の感触に気持ちがゆっくり沈静していくのを感じながら、今日の出来事をひとつひとつ思い返していた。
背後から伸びた相澤の手が、まだ洗っていないコップを一つ取る。
氷を二つ落として水を満たし、何も言わずリビングへ戻っていった。
ソファに腰を下ろす彼の手元で、氷が控えめに音を立てた。
「出勤するまでの間に、何か機嫌を損ねることをしたのかと思ったが……あの冷めた態度は何だったんだ?」
「消太さんとの約束を守ろうとしただけだよ。ちょっと、冷たかったかもしれないけど」
「約束?」
「……教師と生徒の関係」
振り返らず答えた結の声には小さな不安が滲んでいた。
もし誤解されていたら、と考えるたび胸がきゅっと痛む。
だが、相澤は責めることもなく、水を口に含んで喉を潤すだけだった。
「ああ……確かに言ったが、他の生徒の前では名前呼びとタメ口はやめろって意味だ。明らかに素っ気ないと逆に怪しまれるぞ」
「そ……それをもっと早く言ってほしかった! 普通に話してよかったの……!?」
張り詰めていた糸が切れたように、声が弾んだ。
思っていたよりずっと緊張していたのだと、結は自分でも驚く。
相澤は表情を変えずにグラスを揺らし、氷がからん、と涼しい音を響かせた。