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お友達から始めよう【ヒロアカ】

第4章 二人だけの時間



「ごめん、電話気づかなくて」
『お前、携帯くらい肌身離さず持っとけ』
「持ってたよ?」
『出ねェ理由は?』
「……上着のポケットに入れてました」


 電話の向こうで短く「またか」と吐息が落ちる。
 呆れと同じくらい、心配の色が混じった声音だった。
 結は身を固くしつつも、自分の癖は簡単に変わらないとわかっていた。
 叱られる前に、と小さく息を吸って話題を変えた。


「そ、そんなことより。どうしたの? 三回も電話かけるなんて珍しいね」
『いや、もういい。何でもねェ』
「君こそ、またその理由で電話してきたの?」
『嫌か?』
「嫌、じゃないけど……」
『ならいいだろ』


 彼は思い立つと突然かけてくる。
 理由は曖昧で、その掴みどころのなさに結が戸惑うことも多かった。


「何かあれば話聞くよ。いつも君に頼ってばかりだし」
『頼りねェ相談相手だな』
「ひどい……」
『あー、学校は今日からか?』
「うん」
『ガキは早く寝ろよ』


 反論の隙もなく「じゃあな」と通話は切れた。
 軽口には慣れているのに、彼の声だけが胸に微かな余韻を残す。
 暗くなった画面をしばらく見つめ、結はそっと端末をポケットにしまった。

 その頃、朝と同じ場所で丸くなっていた黒猫が身を起こし、結に向かって短く鳴いた。
 視線を向けた先、住宅街の角を曲がって現れたのは黒い服をまとった男、相澤消太だった。


「おかえりなさい、消太さん」
「ただいま」


 足音に気づいたらしい相澤が立ち止まり、どこか安心した表情で結を見る。
 結は駆け寄り、寄り添うようにして階段を上り、三つ目の扉の前で足を止めた。
 隣の部屋には鉢植えや飾りが並んで生活感があるのに、相澤の部屋の前は昔から変わらず空白のまま。
 本人曰く「わざわざ見るやつはいない」とのことで、今もそのままだった。

 鍵の音が響き、扉が開く。
 閉まった扉の向こうで、静けさが二人を迎え、外の喧騒が遠ざかっていった。


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