第3章 君の味方に
疲れの残る足取りで教室へ戻っていくクラスメイトたちとは逆に、結はひとり静かに廊下を歩いていた。
遠ざかるざわめきの中、目に入ったのは戸惑いを浮かべた緑谷の姿だった。
彼は手に一枚の用紙を持ち、所在なげに扉を見つめては歩を進めている。
迷子のようにひとつひとつ確認するその額には細かな汗がにじみ、視線は落ち着かず揺れていた。
「保健室ならこの先にあるよ」
「わっ!?」
見かねて結は足を止めた。
声をかけた瞬間、緑谷の体が跳ねる。
猫のようにびくりと肩がすくみ、丸まっていた背中が驚きでまっすぐに伸びた。
「私も先生に治してもらえって言われたんだ。一緒に行こうよ、緑谷くん」
振り返る彼の戸惑いを包み込むように、結は柔らかな笑みを浮かべながら言葉を添えた。
警戒の影が少しずつ解け、緑谷の表情に安堵が滲んでいく。
「ごっ、ごごごめん! 急に声が聞こえたからびっくりしちゃって……」
「こっちこそ、驚かせてごめんね」
「そんな、千歳さんが謝ることじゃないよ……!」
慌てて手を振る仕草に、彼の人柄が滲み出ていた。
まっすぐで誠実で、どこか危なっかしい。
その素直さが、結には親しみを抱いていた。
「私の名前、覚えててくれたんだ」
そして、二人がこうして言葉を交わすのは初めてだった。
緑谷の名は、飯田や切島が呼ぶのを幾度となく耳にしていた。
だが、自分の名前を呼ぶ声はあまりなかった。
「強い個性だし、相澤先生が何度か呼んでいたから……盗み聞きしてごめん」
「盗み聞きは私も同じだから気にしないで。改めてよろしくね、緑谷くん」
「こ、こちらこそよろしく、千歳さん……!」