第1章 新しい日常
真新しい制服の袖に腕を通して、赤いネクタイを結ぶ。
飾りのない黒地のリュックサックを背負うと、晴ればれとした気持ちで玄関の扉を開けた。
上空には雲ひとつもない透き通った青色が広がり、昇りきっていない太陽が住宅街を照らしている。
駐輪場で寝そべっていた人懐っこい黒色の野良猫はくありと欠伸をすると、アパートの階段をリズムよく降りていく足音に向けて「にゃーお」と可愛らしい声で鳴いた。
「おはよう。行ってくるね」
歩み寄ってきた黒猫に小さく手を振り、もう片方の手に収まっている携帯電話で現在時刻を確認する。
道を確認しながら向かうとしても余裕のある時間だった。
シワの一つもない制服にそれをしまうと、結は慣れない通学路を一人で歩き始めた。
住宅街を抜けて街路樹に沿って進むと、広大な敷地に建つ校舎が見えた。何度目にしても無意識に息を飲んでしまう。
数日前まで通っていた中学校とは比べ物にならないほど、この建物は威圧感があった。
国立雄英高等学校。
数多のプロヒーローを排出した実績を持つ名門校だ。
No.2フレイムヒーロー、エンデヴァー。No.1ヒーロー、平和の象徴、オールマイト。
ヒーロー界を代表するトップヒーローたちも雄英高校の出身。
偉大なヒーローを目指すにはこの学校を卒業することが大前提になる。
過酷な訓練、入試試験を乗り越え次の試練。
終わりの見えない高い壁を超えるための覚悟はとうの昔に決めていた。
同じ制服の生徒の後を追い、ガラス張りのビルが複数並ぶ校舎に入る。
案内板のお陰で迷うことはなく教室に辿り着いた。
背丈より何倍もあるバリアフリー対応の扉には、箱文字で学年とクラスが飾りつけられている。
緊張やら期待で心臓が高鳴る。
結は深く呼吸をして震える手を押さえた。
そして、新しい日々が始まる教室、ヒーロー科一年A組の引き手に触れた。