第2章 本気の裏側
やがて、順番が緑谷へ回る。
相澤から投げ渡された球を、彼は両手でしっかりと受け取った。
緊張が指先に滲み、白円へ向かう足取りも心もとない。
肌は血の気を失い、真冬の風に吹かれたような青白さを帯びている。
これまでの種目で緑谷が個性を使う場面は一度もなかった。
自分を目立たせまいとしているのだろうか。
見覚えのある無個性の体力テストをなぞる姿に、一部生徒たちの間に焦りが広がっていく。
「緑谷くんはこのままだとマズいぞ……?」
「ったりめーだ。無個性のザコだぞ」
爆豪の苛立った声が、空気にひびを入れるように響いた。
その鋭さに、周囲の生徒がはっと目を向ける。
飯田は焦りを隠さず、爆豪へ説明を始めていた。
「……無個性?」
その一言が、結の胸の奥で反響した。
飯田の声は遠のき、爆豪の吐いた言葉だけが重く沈む。
“個性”を持つのが当然とされる世界で、それを持たずに生まれる者はきわめて稀だ。
だが、希少さは価値とはむすびつかない。
むしろ、異端という印を押される理由になる。
“無個性”というだけで、浴びせられる言葉は容赦なく、個性を持ちながらも隠す者たちも同じように傷を刻んで生きている。
この社会は弱さにとことん冷たいことを、結は骨身に染みて知っていた。
だからこそ、彼のぎこちない動きに目を奪われる。
緑谷は小さく息を吸い、球を放った。
風を切る音はなく、爆風もない。
奇跡の軌道を描くこともなく、真面目に投げただけの球は素直な放物線のまま地面へ落ちた。
「46メートル」
冷たい機械音が記録を告げた瞬間、周囲に漂っていた期待は色を失った。
緑谷の顔はみるみる青ざめ、震える手を見下ろす。
その姿は、失望という檻に閉じ込められた少年そのものだった。