第16章 手放せない熱
「遅っせェ」
男は眉をひそめると、そのままベンチの背もたれに体を預けて伸びをし、長い脚を投げ出した。
引き上げられたズボンの隙間から覗いた足首にも、顔と同じ痕が刻まれていた。
「待たせてごめんね。……いつも思うんだけど、別の集合場所にしないの?」
「は? ンでだよ」
「だって君、すごく浮いてるから。また職質されなかった? 大丈夫?」
覗き込むように男の顔を窺うと、隠す気のない不機嫌さがマスク越しにも伝わっていた。
その分かりやすさに、結は思わず口元を緩める。
「お前がもう少し遅けりゃ、されたかもな」
「朝の公園にいたらダメな人の格好だもん。現地集合でもいいのに」
「遅れたヤツが文句言うな」
「ごめんなひゃい……」
睨まれた直後、伸ばされた手が結の頬を引っ張った。
そして、男の視線はそのまま顔から頭へと移り、躊躇いなく結の髪に手を伸ばした。
「……跳ねてんな」
「え、うそ、直してきたのに」
「ウソ」
「どっち……って、本当に跳ねてる……!」
男の視線につられて、結は慌てて自分の頭に手を伸ばした。
バッグを探り、手のひらに収まるミストを取り出して髪を整える。
寝癖が収まったのを確かめてから、歩き出していた男の隣に並んだ。
最後に顔を合わせたのは、いつだっただろうか。
今年に入ってからは受験や高校準備に追われ、会えたのは一度きりだった。
寒い昼下がりで、冷えた空気の中にいながら、彼の隣は不思議と温かく感じられたことをよく覚えている。
季節は巡り、今は初夏の気配がする。
風が吹き抜けるたび、木の葉がささやくように揺れていた。