第2章 本気の裏側
「消太さんって、未来予知の個性も持ってたの?」
「っ、おい――」
相澤の声が詰まり、冷静さを欠いた瞬間が生まれる。
普段と変わらない結の落ち着いた話し方と、親しげな呼び方が微かな隙を作り出した。
その隙を見逃さずに、結は彼の手の中に握られている球に指先で触れた。
間接的に触れたことで、結の個性は発動条件を満たす。
相澤の手の力が"停止"し、強く握りしめられていた球がゆっくりと滑り落ちていく。
結はすかさず球を拾い上げ、他の生徒たちに気づかれる前に素早く白円の内側に移動した。
手の中の重みを確かめるように、しっかりと握りしめる。
「投げまーす」
黙り込んだ相澤に一瞬目を向けた後、結は得意な"念力"で球を空中に放った。
球は風を切りながら宙を泳いでいく。
次第に空に吸い込まれるようにして視界から消え、計測器が1000メートル台の記録を示した。
麗日の無限記録には及ばなかったが、他の生徒たちの記録を大きく上回る結果となった。
「……千歳」
「先生らしくないなと思って」
歓声にかき消されながらも、結は自信を込めて「ちゃんと本気で投げたよ」と答えた。
相澤はそれを聞いて再び黙り込む。何かを伝えようとしたが、この場で言うべきことではないと判断したのだろう。
急かすように次の生徒に球を投げ渡していた。
「お疲れ、千歳!」
待機場所に戻った結を切島と瀬呂が温かく迎えた。
切島の力強く握られた拳からは、真っ直ぐな称賛と情熱が伝わってくる。
瀬呂はその横で「おつかれさんー」と軽やかに声をかけ、自然に両手を差し出した。
結は少し遅れて彼の手に応えると、指先が触れた瞬間、右手に鈍い感覚が走った。
それは、滑り落ちるように消える一瞬の違和感で終わるはずだった。
だが、鈍い痺れはじわじわと広がり、右手に染み込んでいく。
普段の感覚が徐々に遠のき、結はただ目を背けることしかできない。
心の中でこの不安がいつまで続くのかを恐れつつ、ただ耐えるしかなかった。