第2章 本気の裏側
「千歳っ……お前、めちゃくちゃ速え……! 七三眼鏡とほぼ変わらねーじゃん!? 自慢してた俺が恥ずかしくなってきたわ……」
結は思わず瞬きをした。
七三眼鏡が誰を指しているのか理解するまで、ほんのわずかだが間が空く。
クラスで眼鏡をかけているのは飯田だけと気づいた途端、結の口元に小さな笑みが浮かんだ。
「瀬呂くんの個性もかっこよかったよ。戦闘でも救助でも、きっと役に立つよね」
「……優しさの塊かよ!」
「えっ……だ、大丈夫?」
瀬呂は肩を上下させながら息を整え、感動に震える声をあげたかと思うと、腕で目元を押さえ、泣きまねを始める。
大げさなのは一目でわかっていたが、結は自然と手を伸ばし、彼の肩にそっと触れた。
「戯れる時間があるなら、さっさと次の種目に行け」
背後から吹きつけるような冷気が襲う。
凍りつくほどの相澤の一言に、二人の空気は一瞬で静まり返る。
瀬呂は泣きまねをやめて背筋を伸ばし、結も慌てて手を下ろす。
二人は揃って謝り、足早にその場を離れた。
さっきまでの笑いも熱も残さないまま、体育館へ向かった。
重たい扉を押すと、微かな埃の匂いを含んだ空気が流れ込んできた。
中ではすでに数人が握力測定に取りかかっている。
結は人目の届きにくい場所を選び、握力計を手に取った。
冷たい金属が手のひらに馴染む。
息を整え、左手に力を込めて一度、もう一度。
次に右手へ持ち替え、同じように二度計測する。
表示された数字の中で、百の位が確かに光っていた。
その記録を横目に確認し、握力計を戻す。
誰にも気づかれぬまま、立ち幅跳び、反復横跳びへと移った。
どの種目も淡々と丁寧にこなし、身体を滑らかに動かした。
結果は上位に入るものばかりだが、突出はしていない。
四位から六位に並ぶ数字が、結にほんの少しの安堵をもたらした。
気づけば右手はまた、確かめるように開いたり閉じたりしていた。