第14章 勝利の苦味
「うわ、びっくりしたぁ!?」
足場のセメントが持ち上がると、二人の背丈を超えるほどの壁が生まれた。
幅と厚みのある盾は芦戸の攻撃を遮り、結の姿を完全に隠してしまった。
だが、芦戸はすぐに体勢を立て直し「このくらい余裕!」と、壁に向かって勢いよく酸を放った。
じゅわっと音を立てて溶け始める壁。
白い煙が立ち昇り、溶けたセメントが地面に滴り落ちる。
その間、芦戸は壁の向こうにいる結の位置を探ろうと視線を動かしていた。
壁の崩壊が進む中、芦戸は気づかなかった。
壁の影から転がるように放たれた小さな石。
その石が、足元に触れるまで。
「……やばっ」
ピタリと芦戸の体が止まった。
酸を操っていた手も、バランスを取ろうとする足も一瞬で動きを失った。
目を見開く芦戸は、結の個性によって動きを封じられたと気づくのに数秒を要した。
「ごめんね、芦戸さん」
壁の向こうから姿を現した結は芦戸の腕をそっと掴み、引きずりながら運んでいく。
彼女の足が白線を越えた瞬間、ミッドナイトは勢いよく旗を振り上げた。
「芦戸さん場外! 千歳さん二回戦進出!」
「くやしー、油断した!」
芦戸は地面に腰をつくと、肩をすくめて小さく笑った。
全力を出した結果に納得しているのだろう。
悔しそうな顔をしながらも、どこか素直に負けを認めている様子だった。
「私の代わりに、轟も爆豪もみんな倒して一位になってよね、千歳!」
「あはは……がんばるね」
冗談めいているが、芦戸の瞳には期待が宿っていた。
その約束がいかに重いものなのかを理解しつつ、結は苦笑しながら左手で差し出された手を引き、芦戸を立ち上がらせた。
待機所に向かう二人の背後から次の試合を待ちわびる声援が上がる。
五戦目の熱狂を引き継いだまま、六戦目が始まろうとしていた。