第2章 本気の裏側
「へへ、すげーだろ」
「うん、すごいね」
彼の声には使い慣れた個性への自信と誇りが込められていた。
温かな声色の結の返答に、瀬呂はさらに得意げな表情を浮かべた。
やがて相澤の声が響き渡り、静かな緊迫感が漂う。
待ちに待った第一競技が始まろうとしていた。
生徒たちがそれぞれの容姿と個性を観察する中で、結は様々な個性の使い道を思い浮かべていた。
そんな結の期待に応えるかのように、順番は飯田に回った。
飯田のふくらはぎの裏には、車のマフラーのような部品が浮き出ている。
白線の手前で軽く準備運動を終えた飯田は、手本通りのクラウチングスタートの姿勢を見せた。
合図が鳴り響くと、彼の個性であるエンジンが轟音とともに始動し、力を最大限に活用してとてつもない速さでゴールを決めた。
「3秒04!」
50メートル先の測定機が人工的な声で記録を読み上げる。
並走していたカエルの個性を持つ蛙吹梅雨の記録は五秒台。
速さとは無縁の個性を持つ者からすれば、蛙水の速さも目を見張るものだが、飯田の速さとは明らかな差があった。
結は待機場所で右手に力を込めて開き、握る動作を繰り返す。
体調を確認しながら「一番早そうな飯田くんが三秒台。なら、私は少し遅く走ろう」と心の中で計算し、再び観察を始めた。
前走者が記録を測り終えると、スタートラインの白線が二人の足元に現れる。
「負けたくねーけど、お互い頑張ろうぜ」
「もちろん」
合図が鳴り響くと、二人は一斉に走り出す。
しかし、勝敗は飯田の測定時と同じく呆気なく決まってしまった。
瀬呂が片肘から粘着力のあるテープを放出すると同時に、結は右手に力を込め、飯田の個性を強くイメージした。
片足を踏み出した瞬間、普通の靴裏から砂埃が巻き上がるほどの風圧が生まれる。
「4秒20!」
結は瀬呂の邪魔をしないように風圧を巧みに操り、数歩で50メートルを難なく走り終えた。
測定機が告げた数字に達成感を感じていた。
走った際に乱れてしまった髪を左手で整え、右手は開いて握る動作を繰り返す。
指先を軽く振って、指を一本ずつ動かしながら、まだ右手が正常に動くかどうかを確かめていた。