第2章 本気の裏側
「お、戻ってきた! 先生に呼ばれるなんて、何かあったのか?」
「大したことじゃないよ。だけど、少し注意されちゃった」
「注意?」
「千歳くん! 君の順番はここだ。列を乱さずに並んでくれたまえ!」
切島との会話は、飯田のよく通る声によってあっけなく遮られた。
結は押し出されるように指定の位置へ移動し、息を整える。
スタートの合図を待っていると、教室で感じたのと同じ視線が背中に触れた。
気のせいではない。
そっと横を見ると、ひとりの少年が目を細めて結をじっと見つめていた。
「な、なにか……?」
「あ、悪い! 隣で走るからさ、負けたくねえなと思って。俺、瀬呂! 千歳だよな、これからよろしく!」
「よ、よろしくね。瀬呂くん」
名前を呼ばれた瞬間、胸の奥がくすぐったくなる。
知られていて当然だとわかっていても、どう反応すべきか迷い、笑みが少し曖昧になった。
そして、差し出しかけた右手をほんの少しだけ引っ込めた。
切島のように自然に距離を詰めてくる人は珍しいのだろう。
「なあ、千歳ってどんな個性なんだ? 見た感じ、変わったとこはないっぽいけど」
「私は……簡単に言うと、物を動かしたり止めたりできる個性だよ。瀬呂くんは、テープの個性?」
瀬呂の肘は、何かを巻き取るパーツのように丸く変形している。
結が目を向けると、瀬呂は嬉しそうに笑った。
彼が肘を軽く動かすと、白いテープが音もなく伸びる。
風に揺れるそれは、紙片のように柔らかく、しなやかだった。
「こーやって自由に操れんの」
「わぁ、すごいね」
「へへ、そーだろ?」
結の素直な賞賛に、テープを巻き戻した瀬呂は照れながら頬をかいた。
言葉よりもはっきりと、互いの気持ちが表情に浮かんでいた。
そのとき、場の空気が一気に引き締まる。
相澤の低い声が響き、周囲に緊張が広がった。
ついに、第一競技が始まろうとしていた。