第2章 本気の裏側
どうして自分だけ――。
問いは胸の奥で淡く渦を巻いたまま、答えをくれない。
迷いを抱えながらも相澤の前に歩み出た。
「先に言っておく。このテストは、個性を全力で使って取り組め。いいな?」
「全力で……」
「学校側も俺も、お前の個性を把握しきれていない。入試で計るつもりだったが……本気で挑まなかっただろ」
結は視線を落とし、口を閉ざした。
見抜かれていた。
言い訳は無意味だとわかっている。
沈んだ空気の中で、相澤はひとつ息を吐き、静かに続けた。
「しっかり打ち込めよ」
命令でも叱責でもなく向けられた言葉。
その真っ直ぐさが、結の胸に重く響いた。
「……出来る限り、努力します」
「いや、出来る限りじゃ……おい待て、まだ話は――」
結はわずかに笑みを作り、言葉を遮って足を速めた。
その笑顔が揺れていたことに相澤は気づいたが、伸ばしかけた手は空を切り、掴めなかった温度だけが指先に残った。
歩きながら結の胸に沈んでいたのは、相澤の注意でも期待でもなかった。
入学前、合格通知と共に渡された一枚の紙よりも重い約束。
“学校では他人のフリをしろよ”と、何度も繰り返し言われた言葉。
教師と生徒としての距離に加えて、二人の間に壁を作っていた。
――最大限に、全力で。
それは火種のように胸を灯し、同時に結の中に潜んでいた別の感情まで呼び覚ました。
小さな棘は無視するほど存在感を増す。
相澤にも話せていない秘密が、心の奥深くで根を広げていた。