第10章 気になるあの子
六限目の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、本日最後のホームルームが手短に終了した。
結は広げていたノートを丁寧にリュックサックにしまうと、もう一冊を手に取って席を立った。
「轟くん、ノート見せてくれてありがとう」
「早かったな。もういいのか?」
向かった先は轟の机だった。
保健室から戻った際、彼から渡されたのは五限の数学の授業内容が写されたノート。
それを結は空き時間を使って書き写していた。
轟がノートを受け取ると、突然「エラく調子づいちゃってんなオイ!!」と怒鳴る声が耳に入ってきた。
教室の出入口はいつの間にか人で溢れかえり、爆豪の怒りを買った者たちが廊下で声を荒げていた。
結はその混雑に辟易し、雨宿りをする時のように止む気配のない騒がしさに目を伏せた。
人々の喧騒が次第に大きくなっていく。
無数の話し声と足音が交錯し、まるで波が押し寄せるように迫る。
結はその圧迫感に耐えながら、ただじっとしていた。
「人混み、嫌いなのか」
「……うん」
「前も嫌がってたよな」
轟は動じることもなく、ただ冷静に人混みを見つめていた。
その眼差しは周囲の喧騒とは無縁で落ち着いていた。
結が思い返そうとする前に、彼は顔色を変えずに振り向いた。
「ずっと謝りたかったんだ。昼に警報鳴った日あっただろ? あの時、腕を掴んだのは俺だ」
「警報……あ、廊下で」
「押し流されそうだったから、引っ張ろうとしたんだが……悪かった、痛かっただろ」
あの日に起きた出来事に、空いたピースが埋まっていく感覚があった。
轟の申し訳なさそうな表情に、結は痛みよりも恐怖心が強かったと言い出すのをためらった。