第10章 気になるあの子
「あれっ、千歳は?」
「保健室ー。頭痛いってよ」
「そういや、朝から元気なかったよな」
「俺らが来た頃にはもう寝てたじゃん? 軽く揺らしても起きなかったし、具合悪いんじゃねーの?」
四限目が終わり、昼休みのチャイムが響く。
賑やかな教室では椅子を引く音、弁当の蓋を開ける音、笑い声が交じり合っていた。
いつも通りの風景だが、切島はどこか違和感を覚えていた。
そこに結の姿が見当たらなかったのだ。
「……保健室、か」
ざわめきの中、彼らの会話に耳を澄ませていたのは、教室の最後列に座っていた轟だった。
静かに椅子を引いて立ち上がり、誰にも気づかれぬまま教室を出る。
扉が閉まる直前、彼の指先に赤い線が浮かんでいた。
それは、教科書をめくった時にできた小さな切り傷で、痛みはなく血も滲んでいない。
放っておけばそのうち治るだろうが、轟は小さな目的を抱いていた。
保健室へと向かう廊下を歩き、白い扉の前で立ち止まると、迷うことなくノックをした。
「おや、どうしたんだい」
中から聞こえたのは、リカバリーガールの落ち着いた声だった。
室内には薬品の匂いと白いカーテン、薄く射し込む陽光が午後の眠気を誘う温度を漂わせていた。