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お友達から始めよう【ヒロアカ】

第10章 気になるあの子


 席に着くよう促す飯田の声が、まどろみに沈んでいた結の意識を引き上げた。
 揺れた視界が次第に焦点をむすび、瞼の裏に滲んでいた色彩が現実へと還っていく。
 気づけば教室の空席はすべて埋まり、先ほどまでの静寂は、いつものざわめきへと姿を変えていた。

 結は指先で目元をそっと押さえ、少しでも隈が目立たなくなるよう祈りながら瞬きを重ねる。
 背筋を伸ばし、頬を軽く叩いて眠気を追い払っていたとき、扉の開く音と足音が教室へ流れ込んできた。


「おはよう」


 聞き覚えのある声だが、姿は一瞬わからなかった。
 全身を包帯に覆われた人物が相澤だと気づくまで、数秒の沈黙が結の中で落ちる。
 包帯の量は今朝よりさらに増え、痛々しさが否応なく目を引いた。
 そんな生徒たちの視線を浴びながら、相澤はゆっくりと教卓へ向かう。


「相澤先生、復帰早ええ!!」
「先生! 無事だったのですね!」
「俺の安否はどうでもいい……それより、まだ戦いは終わってねぇ」


 抑えた声が教室の空気を一変させた。
 先日の襲撃の記憶が薄れる間もなく、生徒たちの胸に再び不安が滲む。
 相澤はざわつきを静めるように視線を巡らせると、鋭い眼差しのまま言葉を続けた。


「雄英体育祭が迫ってる」
「クソ学校っぽいの来たあああ!!」


 未曾有の事態の直後でありながら、雄英はあえて前へ進む姿勢を示すため、体育祭の開催を決めた。
 その裏には、雄英の危機管理が揺らがないと示す意図があるという。
 例年の五倍もの警備体制が敷かれると伝えられ、生徒たちの表情には安堵と驚きが交錯した。

 かつてのオリンピックに代わり、社会の希望をつなぐ国家規模の舞台となった雄英体育祭。
 そこで示す力は、生徒たちにとって名刺であり、将来を左右する分岐点でもある。
 三年間でわずか三度きり。
 この重さを知るからこそ、相澤の視線には揺るぎがなかった。


「時間は有限。年に一回、計三回だけのチャンスを逃すな」


 言葉は火種のように胸へ落ち、ある者は唇をむすび、ある者は拳を握りしめる。
 高揚が広がった瞬間、一限目の予鈴が鳴り響いた。
 どこか新しい章の幕開けを告げる音のようだった。


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