第5章 宴のあと
「俺の名を、何度も呼んでいた」
耳元に落ちる囁きに、心臓が跳ねる。
「嘘です……」
「さあ、どうだかな」
顎に指がかかる。
昨夜と同じ。
「いい匂いがすると言ったな」
顔が一気に熱くなるのがわかった。
「そ、そんなこと……!」
「言った」
指先が頬をなぞる。
あぁ、もう逃げられない。
「……光秀さん、からかってますよね」
私が小さく睨んでも、彼は笑わない。
真っ直ぐに見つめられ、息が詰まった。
「からかってはいない」
低く、甘くない声。
「酔っていても、あれは本音だ」
距離が、さらに縮み二人の息が混ざった。
「……昨夜は、俺が止めた」
目が、逸れない。
「だが」
親指が唇の輪郭をなぞる寸前で、止まった。
触れない。
触れないからこそ、そこが熱い。
「今はもう、醒めているな」
視線が落ちる。
喉、鎖骨、そして、また目が合う。
「昨夜の続きを、望むか?」
心臓が、跳ねるどころではない。
光秀さんはいつも私を急かさない。
長い沈黙の間、ただ私を見ているだけ。
でも、逃がさない。
そんな距離で。
「……ずるいです」
やっと出た声に、光秀さんの目が柔らかくなる。
「何がだ」
「……そんな聞き方」
彼はふっと息を吐いた。
壁についた手を、そっと私の腰へ引き寄せる。
「ずるいのではない」
額が触れる。
「お前が逃げないよう、囲っているだけだ」
囁きは昨日より低く、醒めたままだというのにひどく甘い。
「酔っていないお前が、どうするか…気になるな」
指先が背へに這っていき、もう逃げられない。
また息が近づく。
「……光秀さん」
私の声に、彼の目が深く笑う。
「また、そうやって俺を呼ぶ」
そして——
唇が、そっと触れる。
奪うのではなく、私を確認するかのように。
少しだけ深くなっていく。
そんな止まらない予感を残して。