第4章 アングレカム【五条悟・教師編】
「雫…おいで。」
ドクリと心臓が跳ねる。
触れられる…のかな。
言われた通り、先生の真隣に座ると、大きな手が口元に伸びてくる。
キスされる……?
思わず、ぎゅっと目を瞑る。
「…はい、取れた。クッキーついてたよ。」
口端についたクッキーを摘み、ニコリと笑って口に運ぶ先生。
『あ…ありがとうございます。クッキーか…』
「ふっ…なぁに?何か期待したの?」
『そんなことっ…』
それから先生の部屋に何度か呼び出されたけれど、任されたのは掃除やお茶出し、任務報告書、買い物など簡単なものだった。
けれどいつもお手伝いの後にはお菓子を出してくれたり、出張のお土産をくれたり、街で見つけたと言ってピアスや髪留めをくれたりした。
いつの間にか私はその時間を楽しみにするようになっていて、二人でいる時は敬語も使わなくなっていた。
お母さんの所に一緒に行ったこともある。
「お母さん、元気そうで良かったじゃない。」
『うんっ…凄く良くなってるって。治療が効いてる証拠だって。先生のお陰だよ。』
「ふふっ、お母さんが頑張っているからでしょ。」
『それもあるだろうけど。でも…先生ありがとう。』
お母さんの調子が良い事で安心できて、任務も上手くいってるいる。毎日が楽しい。
呪術師だということを忘れてしまいそうな時もある。
ずっとこんな日々が続いていくような気がしていた。
けれどそんな日々は…
あまりにもあっけなく終わりを迎えた。
「雫、お母さん退院できるって。」
『え……本…当…?』
「五条先生のお陰だよ。本当にどうしようかと思ったけれど…退院したら頑張って働いて、恩返ししなきゃいけないと思うよ。」
『そう…だね。』
あれ……?
お母さん退院できるのに…
元気になったのに…
退院手続きや仕事の事、これからの事を意気揚々と話すお母さんの言葉は呪文のようで、頭に全く入ってこない。
心にぽっかりと穴が空いたようで何も考えられないまま、とぼとぼと帰路につく。
「雫っ…」
『……恵』
「今日、病院だって聞いてたから。
ちょうど近くまで来てたんだ。一緒に帰れるか?」
『……うん』
「どうした?元気ない。」
『っそんな事ないよ。お母さん退院できるんだ。嬉しいよ……凄く。』