第2章 懇願
「お前…ックソ!いい加減にしろよ!!」
「ふぇ?ふぁんふぇほほっふぇんふぉ?」
脇に抱えた光莉が何かを喋っている。
エントランス前での「捨てないで」発言のあと、この女は本当に叫ぶように息を吸っていた。咄嗟に手で口を押さえ脇に抱えてエントランスを抜けたはいいが、一はこの後どうするべきか考えていた。
エレベーターのボタンをカチカチとせっかちに押す姿を見れば、余裕が無いのだろうと見て取れる。
そんなに怒る程あの発言はマズいもの?
光莉は抱えられながら、う~んと腕を組んで考えてみた。捨てないで、イチかバチかで揺さぶってみた脅し文句だったがこうも簡単に乗ってしまうとは光莉自身予想外だった。
まぁ、私としてはラッキーなんだけど。この人、結局私を招き入れてることに気付いてないのかな?
チラリと見上げれば男の整った顔立ち、猫目で一重だから柔和とは言えないがキツめの顔立ちで所謂モテ顔ではあるのだろう。しかし、左耳の長いチェーンのピアスに剃り込み、右半分は長髪という”絶対普通の会社員じゃない”スタイルであることから、普通の女性は近寄りがたいかもしれない。
まじまじと見つめて考えていた光莉は、一からジロリと視線を投げられ首を傾げた。
「とりあえず、絶対静かにしろ。きっちり話聞かせて貰うからな、外は寒ィんだよ」
寒がりなのか、増々猫じゃん。
光莉はコクリと頷くと同時にチンと音を立ててエレベーターが止まった。開いた扉から先、綺麗に整理された共用部の通路は静かで一の靴音が反響していた。
「あの、私が言う事でもないと思うんですが…」
光を反射する大理石の床タイルを見つめたまま声を出した光莉だったが返答はない。静かにしてろと言われたので大きな声は出していないので大丈夫だろうと勝手に納得しておこう。
「見知らぬ人間をこんな風に招き入れて大丈夫なんですか?」
ピーと少し長めの音が聞こえたと思った矢先、自身の体がブワっと宙に浮いた。それは一瞬の出来事で次の瞬間には顔面から床に突っ込んでいた。
「ぶぇっ!」
カエルが潰れたような情けない声をもらした光莉、起き上がってみるとどうやら部屋の玄関に投げ出されたようだ。
「…その言葉、お前が言う言葉じゃねぇよな?どう考えても!」
だから前置きしたじゃん。