第2章 懇願
街中にスーツを着ている人間など溢れかえっている。俺のことじゃない。
「そ、こ、の、スーツぅぅ!!長ピアス!!」
違う、俺のことじゃない。長ピアスだって誰でもつけてr...
「猫目男!!」
「うるっせぇぇ!!警察呼ぶぞクソ女!」
一は元来、気が長い訳では無い。理性と計算で動いているからか、周囲からは落ち着いて見えるらしい。
しかし元々暴走族にいた経歴を考えれば決して穏やかではない性格の持ち主なのだ。
声を張り上げた一に女はパァっと顔を明るくする。助けて貰える、そう言いたげな表情だ。
「よかったぁ、気付いた気付いた!」
女を囲っていた男二人は一の顔を見て何か気付いたのか、コソコソと耳打ちをし合い舌打ちをするとあっさりと引き下がって夜の街へと消えていった。
光莉はホッとしたのも束の間、エントランスを抜けようとしている一にしがみつく。チャンスを逃してなるものか、怒られようとも離さない、そう決めた、今決めた。
「...ッテメェ!離せっ!」
「絶対離さない!」
ひくり、と一の口端が引き攣る。なんだこの女。
男なら簡単な威嚇で済むだろう、済まなければ最悪実力行使もまぁ仕方ない。けれど女相手にそれはマズイ、現役時代でも女に手を上げることだけはしなかった自分のポリシーだ。
「目が合ったでしょ!」
「合ってねェ!は、な、れ、ろ!!ってかお前誰だよ!」
「おぉ、興味出た?光莉だよ!」
「...」
笑顔で名乗った光莉に心底嫌そうな顔の一はポケットからカードキー、ではなくスマホを取り出した。
軽快にタップされた回数は4回、光莉はその回数に気付き慌てて手を伸ばした。
「警察だけはやめてください!」
「じゃあさっさとどっか行け」
「...」
ぐぬぬ。とでも言いたそうな表情をした後に発した言葉は一の予想外の一言だった。
「拾ってください」
「...ぁ゛?」
「拾ってください!」
「絶対ェ、イヤ!」
聞き直しからの即答。突っ込むことすらしない一のお断りに光莉は「うぅぅ」と唸ったが、迷っていられない駄目なら次の手段だ。
「拾ってくれないならここで大声で叫んでやる」
ボソリと呟いた光莉に嫌な予感がした一は恐る恐る視線を向けた。
こいつ、なんで笑って...
「捨てないでって叫んでやる」