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【東リベ】捨てられた猫【九井一】

第2章 懇願



光莉が叫んでいた時を同じくして九井一(ここのい はじめ)は帰路についていた。
若くして会社の会長となった一は街中のマンションを買えるまでに成功した。ベッドタウンのマンションを買うことも考えていたが、わざわざ会社から離れた場所に家を買うメリットが見つからなかった結果だ。

どうせ独り身だしな。

家族がいれば郊外の方が良いと聞く。自分もいずれは伴侶ができるかもしれない。それはゆくゆく考える必要が出てくるのだろう。
スマホを眺めながら歩いていた一の耳に雑踏に紛れて何かが聞こえ顔を上げた。いつの間にかマンションの前に歩き着いていたらしく、声を上げた人物が目に入る。

女...?住人、ではなさそうだよな。

エントランスの前で騒ぐ女。明らかな不審者に一はポケットから鍵を取り出しかけて躊躇った。
自分がオートロックを開けることによって、この女がマンションに入り込むのも困る。しかしさっさと部屋に帰りたい一。

よし、無視してロック抜けよう。
目を合わせたら終わりだ、ガン無視だガン無視。

そう自分に言い聞かせた一は、何も気付いていない体でエントランスへと歩き出す。俺は何も気付いていないし、ただ普通に家に帰ってきただけだ。そう思い込め。

カツン...

革靴の踵がエントランス前の石畳をノックする。いつもなら気にしない物音が今日はやけに大きく聞こえる。女に気付かれないよう、何も無いように平静を保ってエントランスに真っ直ぐ向かう。

よし、このままここを過ぎれば...

「やめてください!」

突然の声に思わず一は足を止めた。振り返れば女が男二人に手を掴まれているところが見える、恐らくナンパだろう。
いくら一等地と言えど東京の街中だ、夜になれば治安も悪くなるしナンパだって普通にある。そんな日常の風景なのにその女は慣れていない様子に見える。

「ちょっ...、ナンパ待ちじゃないって...っは!!」

男の手から逃れようともがいている女が身をよじったところで声を上げたと同時に、一はハッと気付いた。

やべ!思わず見てたら目が合っ...

慌てて目を逸らした一は足早にエントランスに向かう。早くロックを開けて部屋に入ろう。余計な事に巻き込まれるのは御免だ。

「ちょっと!見てるんなら助けなさいよ!そこのスーツ!!」
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