第5章 初心者マーク
「連絡先すら知らない俺としては、光莉が元気かどうかだけ確認出来れば良かった。...自分勝手なんだよ」
互いに何も知らない、分からない。それでも一緒に居て特に不満は無かった。
不思議だった。何故あれほどすんなりと受け入れることが出来たのか。
「知り合いだと思っていたがハローワークの担当と聞いて後悔した。もっと話を聞けば傷付けることも無かったのにって」
しかし後悔しても取り返しがつかなかった。
住所も連絡先も何も知らない。名前だけを知っていてもどうしようも無かった。
「探偵を雇うことも考えたけど、そうやって探し出したところで光莉に何を言えばいいか分からなかった」
「追い出したのは一じゃん」
「そうだな。だからこそ、秘書からお前がここに来ていることを聞いて驚いた」
信頼のおける人間以外どうでもいい。それは今も変わらないはずなのに、あの時は無意識に車を下りて部屋へと向かっていた。普段から計算して動いている、通常では考えられない行動だった。
「私が担当者とたまたま街中で会って話してた時、一が秘書さんと歩いていく姿を見かけたの。美人だし一の仕事の補佐が出来る人なのかなって思ったら追い出そうとしたことも腑に落ちたんだよね。私はただの居候で、一にとってなんのメリットもないんだなって。それでもあの日、誰と歩いてたのって聞きたかったのに...」
公私共に支えていれば、会長と秘書の関係性を越えて支えていくことも出来るだろう。街で見かけた二人は、並んで歩いていても何も違和感がなかった。
「あんな美人さんと付き合ってたなら早く言ってくれればよかったのにって思ってた」
光莉の言葉に一は頭を抱えた。
あの日、一が光莉を見たように光莉もまた自分のことを見ていたのだ。
「一が会社の会長さんっていうことも知らなかったし、秘書さんが付く仕事だってことも知らなかったから」
互いに何も知らなかったから起きてしまった事。
お互いを知ろうとしなかった以上起こるべくして起きたことだった。何か一つでも知っていればこんな誤解は生まれなかった。
「その上、今日は家のロックを開けて入ってきてたから恋人じゃなくて奥さんだと思ったし」
聞けば聞くほど弁解の余地もないほど一が悪いことが分かり青ざめる。ただ一つ、弁解するとすれば...