第5章 初心者マーク
「それに、信用できない相手にあんなこと...しちゃダメだよ」
「あんなこと?」
俯いていた一が顔を上げると、少し言いにくそうに顔を赤くした光莉がいた。
「本当に誰かの差金だったらどうするの、って...っちょっと、聞いてる?なんで立ち上がって...!?」
「さっきは悪かった。自分勝手だとは思うけど、誰の差金であってもそれでも良いと思ったんだよ」
光莉が座っていた一人用のソファへと近寄った一は肘置きに手を置くと光莉の逃げ場を無くす。真正面に立たれた光莉はキョドキョドと視線をさまよわせるが、逃げられる隙が無い。
「よ、良くないでしょ!それで傷付くのは一なのに...」
「結局はお前は俺を裏切ってなかった」
「それは結果論じゃない!...っち、近いって!」
先程のキスを思い出した光莉は耳まで真っ赤になっていく。誰かの差金になれるほど経験があるようには思えない、だがもしもこの性格すら作られたものならば光莉は相当なやり手スパイになれるだろう。
「光莉に俺を騙すほどの経験値は無いだろ。なんなら雇った誰かさんから奪うまでだな」
「馬鹿なんじゃないの!?っていうか経験値は余計なお世話...っ!」
驚くべき発言をした一を嗜める言葉は、ふと笑った一の口に塞がれ掻き消される。
話をしたいって言ったくせにぃー!!!
先程の貪るようなキスではない、穏やかに取り込まれていくようなキスなのに光莉の頭は甘い痺れのせいで思考が緩んでいく。
「は..じめ...っん、ふ...ちょっ、とま...」
流される。きちんと話して去るつもりだったのに...。
そもそもどうして一は私にキスするの。分からない、一のことが分からない。
それでも抗えない自分の意思は弱いのだろうか。
「光莉」
「私は...一を傷付けたくないし、傷付きたくない」
好きじゃないなら触れないで。そう言いたい自分と、好きじゃなくてもいいから触れて欲しいと言いたい自分に光莉は混乱する。
「期待したくないの」
利用価値が無ければ捨てられるなんて世の中の普通だろう。利用価値があれば両親だって私を捨てなかったはず。
一にとって私の利用価値なんて無い。
「追い出したあの後、会社で男を見かけて思わず声をかけた」