第5章 初心者マーク
話をしようと呼び出したのに欲望に負けた一。
食卓に並べられた料理を食べながらチラリと様子を伺うが、光莉は気持ちが落ち着いたのかこちらを気にすることなく洗い物をしている。
食べ終わったらあの時のことを謝らなければならない。
自分勝手に追い出しておいて、呼び戻した挙句にキスだけとは言え手を出すなんて...。
一は己の自己中具合に、一度は治まった頭痛がぶり返しそうだった。
しかも本気で未経験じゃねぇかよ!
「っクソ!」
「!?なに!?」
突然の悪態に光莉は思わず返事をしてしまった。
普通に食事していた一に一体何があったのか。
「いや、なんでもねぇ。ご馳走様」
「洗い物しておくから、お風呂入ったら?」
食器をシンクに運ぶ一に光莉が声をかけると、疲れた表情の一はお風呂へと向かっていった。その後ろ姿に光莉は首を傾げた。
「なんなの?」
「時間、大丈夫か?」
髪を拭きながら脱衣所から出てきた一に問いかけられた光莉は頷くと、ソファに座るように促される。
「まずはあの日急に追い出したこと、本当に悪かった」
そう言われて光莉は追い出された日のことを思い出す。帰った時には一が既に怒っていた、結局何も分からないまま追い出されたのだ。
「あの日、どうして怒ってたの?私、何かした?」
「お前が街中で男と歩いてたのを見かけた」
「男...?あぁ、もしかしてハローワークの担当者さん?」
この地域で男友達はいない、となれば知っている男というと一と担当者くらいだ。言い当てたところで一のバツが悪そうな表情が目に入り光莉は嫌な予感がした。
「まさか...そんなことで怒ってたの!?なんで直接聞かないの...」
「元々人を信用しない性格だったから、裏切られたとしか思えなかったんだよ。他に男がいるのにわざわざ俺の所に居候する意味があるとすれば、俺を失脚させたい人間の差金かって予想もできたしな」
思わず一の置かれている立場の苦労に触れて光莉は責める言葉を飲み込んだ。裏切られることが当然で、常に嵌められることを危惧しなければならないなんて...。なんて悲しく寂しいことなのか。
「私には一の立場の苦労は分からない。あの時は確かに仕方無かったのかもしれないけど、それでも聞いて欲しかった」