第5章 初心者マーク
「キスも無いって」
あぁ、そう。からかわれてるのか私は。
光莉は恥ずかしいやら悔しいやらで、一に意趣返しの一言を放った。
「私は否定も肯定もしていないし、一が勝手にそう思っただけでしょ」
勿論経験は無い。
この状況でオロオロしていれば誰だって分かるだろう。
少しでも一の意表を突きたかった、それは悪手だと気付いた時にはもう遅かった。
「...へぇ、じゃあ問題無さそうだよな」
「えっ...」
一の言葉の意味を知る前に、唇に何かが触れた。
柔らかい何か。それが一の唇だと気付いた光莉は今度こそ気を失いそうになったが、柔らかな感触から弾力のあるものが触れる感触に意識が集中する。
「なにっ...!?ふ...ぅっ!」
軽い接触が深くなり、もっとと言わんばかりに一に口を覆われ漏れる声がくぐもっていく。
息継ぎをしたくて口を開いてみるが逃さないと動く舌に光莉の頭は思考が鈍る。
押し戻していた腕もいつの間にかしがみつくように服を掴み、力が抜けていく体をなんとか支えようとしているが実際は意味を成していなかった。
訳が分からず唇が離れた頃には光莉の意識はフワフワと浮いていて、一が腰を抱き寄せていなかったらその場に崩れ落ちていただろう。
「はぁ、やべ。やり過ぎた...」
蕩けたような瞳に開いた唇の端から顎を伝う唾液、その光景に一は息を呑む。湧き上がる邪な気持ちとせめぎあう理性、抑え込もうと拳を握ると光莉の意識が戻ったのか身体がモゾモゾと動いた。
「...離して...」
訴えた言葉通りに腕の力を緩めるとズルリと身体が滑り、一は慌てて抱き寄せる。光莉は自分で立てないことに戸惑い、その原因が先程の出来事だと気づいて一気に真っ赤になった。
「〜っ!?」
「悪ぃ、ホントに経験無かったんだな。でもあの煽りは光莉が悪い」
「は、一が悪いに決まって...ってか、なんでこんなことすんの!?」
「...そりゃ、手っ取り早く手に入れるためだろ。間違っても他のヤツに手垢つけられる前にな」
ペロリと唇を舐めて笑う一に光莉はしばし呆然とする。誰が何を手に入れるって?混乱する光莉をよそに一は何かに気付いたように苦笑した。
「飯食ってから話しよーぜ」