第5章 初心者マーク
「熱でもあんのか?」
「ない!ないから!大丈夫だから!」
視線を合わせず全力で否定する光莉は相変わらず真っ赤だが本人曰く大丈夫らしい。一は疑いの視線を向けるが、どうやっても視線が合わない。
「とりあえず!ご飯作ってる途中だからソファで待ってて!」
ピッ!ガチャッ
「痛っ!」
「イテッ!」
短い電子音とともに開いた冷蔵庫の扉に攻撃された二人はともに声を上げる。後頭部を押さえる光莉と額で扉を受け止めた一は少しの沈黙。
タッチセンサーで自動開閉する冷蔵庫、光莉を引き止めた時に一がセンサー部分に触れたらしい。舌打ちをして扉を閉めると一つの事に気付く、この状況は所謂"壁ドン"であることに。
「いたた...一、大丈...ぶ?」
顔を上げて視線が合った瞬間に光莉がビタリと動きを止める。あまりに近い一の顔に心中で「ぎゃあ!」と叫びを上げたが、口から出すのはかろうじてこらえた。
「なんだその顔」
叫び声が出ないよう引き結んだ唇に、バクバクと鳴る心臓のせいで乱れた呼吸、真っ赤な顔。自分が鏡で見ても一のような反応になるだろう。
しかし至近距離で一を見れば見るほど動悸は早く呼吸は浅くなっていく。
「あ、あっちいって...!」
かろうじて絞り出した声は情けないほど小さく、押し返す腕にも上手く力が入らない。
なんなの!?この状況!
疲れているからなのか無駄な色気が漏れ出ている相手に対抗出来るほど経験値があるわけではない光莉は、逃げられないならいっそ気絶したいとすら思う。
「...」
静かな一に光莉は少し落ち着きを取り戻し始めた瞬間、唐突に伸びてきた手に鼻をつままれて光莉は恥ずかしさや羞恥を吹っ飛ばされ「??」と思考が止まってしまった。
「...っぷぁ!ちょ、はじ...っ!」
口を閉じて鼻を塞がれたら勿論呼吸が出来なくなる。気絶したいとは思ったが物理的に落とされるとは思わなかった。
慌てて口を開いた光莉は目の前の一の表情にギョッとする。面白そうに笑っているのだ。
「殺しにかかって笑ってんの!?」
「ンなワケねーだろ!ちょっと思い出したんだよ」
つままれた鼻をさすりながら光莉は「なんの話」と返答する。この状況で何を思い出すっていうのか。
「経験無いって話」