第4章 誤解と嫉妬
またあの表情で見られるのだろうか、それとももう一は私のことなんて道に転がる小石のように気にかけることもない存在にしているのだろうか。
顔を合わせるのが怖い。
「綾瀬さーん」
同僚に呼ばれ光莉はビクビクしながら玄関に向かったがそこには一ではなく別の人物が立っていた。相手は少し驚いてから光莉をじっと見つめてきたが、光莉は一方的にこの相手を知っていた。あの日一の隣を歩いていた女性だ。
一の隣を歩き、鍵を開けてマンションに入ってきた。それはつまり一がそこまで許した相手ということ。
「あ、は、初めまして!綾瀬です」
「...綾瀬...光莉さん?」
名前を当てられ光莉は「え?」と首を傾げる。何故この女性は私のフルネームを知っているのだろうか。セキュリティ上、掃除を担当する人間の苗字のみが顧客に知らされる。だから下の名前が伝わるはずは無いのだが...
何かを言いかけた女性は、先程の驚きがなかったかのように綺麗な笑顔を見せると「掃除、引き続きよろしくお願いしますね」と言って去っていく。
「ん?忘れ物でも取りに来たんじゃないんですか?」
「さぁ、何しに来たんだろう?」
名前を知られていた不思議、家主じゃないのに自由に出入りできる不思議、本当に何をしにきたのか分からない女性に光莉と同僚は見合って首を傾げることしか出来なかった。
「会長」
「あぁ、取りに行かせて悪かった...ん?」
見ていた書類から顔を上げた一は秘書が何も持たず戻ってきたことに怪訝な表情を見せる。頼んだ物がどこにあるかは伝えている上に、もし分からなければ車まで戻らずとも電話をすれば良い話だ。そして車にも乗り込まず外から用件を伝えようとするのはおかしい。
「何かあったか?」
「お探しになられていた綾瀬 光莉さんという女性がお部屋にいらっしゃいました」
「鍵も持っていないのにどうやったら部屋にいるんだ、勘違いじゃないか?そもそも簡単に他人が入ることなんて...」
言いかけて一はピタリと口を噤む。
今日はいつもの業者に掃除を依頼している。気付くや否や一はスマホを取り出し業者の受諾メールを確認する、そこに担当掃除婦の名前が載っていることを思い出したのだ。