第4章 誤解と嫉妬
「あれ?いつもより綺麗...お仕事忙しいのかな」
部屋に入ると同僚が首を傾げるその背後で光莉はそりゃそうだ、と乾いた笑いを浮かべる。
一って苗字九井なんだ。
追い出されるまで自分が掃除していた部屋は然程散らかってはいない。もしかしたら仕事が忙しくてあまり帰れていないのかもしれない、体調は大丈夫だろうか。
寒いから、と一緒に眠ることを希望した一の姿を思い出す。今体調を崩したら誰か寄り添う人はいるのだろうか。心配をしていた光莉は街を並んで歩いていた女性の姿が脳裏をよぎった。
そうだ、きっとあの女性が寄り添ってるよね。
綺麗で頭も良さそうで...、並んで歩いても違和感どころかお似合いだった。
「光莉さん、私リビングとキッチン入るね。部屋と浴室お願いできる?」
「あ、はい!」
余計な事を考えていても仕事は片付かない。光莉は慌てて返事をすると掃除道具をもって浴室へと向かった。
「光莉さん、今日の夕飯どうする?」
「んー、ここ終わったらスーパーでも行きますか?」
浴槽を洗っていると、脱衣所から同僚が声をかけてくる。ここを追い出されてから、住み込みバイトを探していたが日払いの今の仕事を見つけて飛びついた。日払いならその日暮らしではあるものの何処か屋根のある所で生活できるからだ。さすがにホームレスでいいや、と考えることは出来なかった。
飛びついたこの仕事で同僚とパートナーを組むことになると思った以上に意気投合し、今は同僚の住むアパートで家事を分担しつつ間借りしている。ここでの生活と違うのは光莉も働いていることくらいだ。
今日の夕飯当番は自分、何にしようかなーと冷蔵庫の中身を思い出しつつ手は止めない。時間内に仕事をこなさなければ。
磨きあがった浴槽に満足気に息をつくとそのまま脱衣所の洗面台の掃除だ。そう思って浴室から出たところで同僚の声が聞こえる。どうやら誰か来たようだ。
同僚が対応しているならいいか、と思いかけて光莉はハッとした。通常、掃除婦が来客対応なんてしない。それなのにオートロックと玄関の鍵を開けたということはつまり鍵を持っている人間だ。
まさか一...!?
いくら仕事とはいえ追い出した人間がここにいることを知ればいい気はしないだろう。あの日の冷たく鋭い目をした一を思い出す。