第4章 誤解と嫉妬
もしかしたら何か事情があったのかもしれない。
光莉はこっちに気付いていなかったが、秘書を連れて歩いていた姿を見たら何か別の事情として捉えられたかもしれない。
一は少しづつ冷えていく頭に溜息をつく。頭に血が上るとカッとなるのは自分の悪い癖だ。
「もう少し話を聞いてやれば良かったのか?」
呟いてはみたものの誰も返答しない。
この部屋はこんなに寒かっただろうか、こんなに暗かっただろうか、こんなに静かだっただろうか。
手に持ったスマホに視線を落とすがその画面に光莉の名前が表示されることは無い。連絡先を教えてもいない、聞いてもいないのだから。
今更考えてもどうしようもない。
一はまた一つ溜息をついて明日の仕事へと頭を切替えたのだった。
光莉を追い出してから数日、一は相変わらず忙しく過ごしていた。自宅のことは外注で完結させ、帰宅して寝るだけの生活、ただ一つ違うのは光莉が家に居ないことだけだった。
「会長。車の準備が出来ました」
秘書が告げるのと同時に差し出したコートを受け取り部屋を出る。エレベーターが1Fに到着すると正面ロータリーに車が見えた一は足早に向かう。
「会長?」
「あいつは誰だ?」
足を止めた一の視線を辿ると、ロビーで話をしている男性二人にたどり着いた秘書は「人事部の人間です、相手は恐らく取引関係者かと思われます」とすかさず答える。
社員数は少なくない、名の通った会社であることは自負している。それでも社員を特定できる秘書に一は素直に感心した、有能な人間は嫌いじゃない。
だが、一が聞いたのは自社の社員の話ではなかった。
取引関係者、そう言われた人物。数日前に光莉と街を歩いていた人物だ。知り合いが居ないと言っていた中で笑顔で街を連れ立っていたのだ、頼るのはあの人物だろうと予想していた。
確かめるだけだ。
追い出した後にあの女に何かあったとなれば後味が悪い。
自分に言い訳をしながら無意識に男の元へと足を進める。視線に気付いたのか先に向き直った社員は「九井会長!?」と驚いて頭を下げた、その勢いにつられたのか男も慌てて頭を下げる。
「商談中にすまない。一つ聞いてもいいだろうか?」
「わ、私にですか?」
通常、企業のトップと話す機会が無いのだろう。声をかけられたことに動揺する男に一は頷く。