第4章 誤解と嫉妬
荷物は準備されていた。
つまりはどう抗おうと追い出されることは決定事項だったということ。
「寒いなぁ...」
言葉とともに吐き出した息が白く広がる。過ごした時間は短い、けれど確かに暖かかった事を思うと今の寒さを堪えることがツラいと思ってしまう。
明るいエントランスを振り返る。追いかけてなど来るはずもないと分かっていても一歩離れるごとに振り返ってしまう。
やがてエントランスも見えなくなり、大通りに出ると頬が温かくなり指先で触れてみた。
「なんで泣いてんの私」
頬を伝う涙も空気に触れすぐに冷たくなっていく。
どうして何も言えなかったのだろう。
どうして何も聞いてくれなかったのだろう。
せめて怒りの理由を聞きたかった。
何も言われなければ反省すらできない。悪い所があれば直すから、よくドラマなどで聞くセリフだって相手から悪い所を聞かなければ意味が無い。察する事が出来ればいいのだろうが結局はただの他人だ、一のことを良く知らない自分にはあの時の一の事が全く分からなかった。
ソファに座り目を閉じていた一は震えるスマホに気付き目を開けた。画面に表示された"秘書"の文字に通話ボタンをタップする。気のない相槌に電話の向こうの秘書は明日の予定を念押してくると同時に何かあったのかと心配の言葉をかけた。一は問題ないことを伝えると通話を切る。裏切った女を追い出しただけ、ただそれだけだ。
キッチン近くには光莉が落としていったスーパーの袋がそのままになっている。触れられたくなくて思わず振り払ったあの時に落としたのだろう。舌打ちをしてそれを拾うと瓶がぶつかる音がする。
「...?」
中を見れば肉や野菜の他にゼリー飲料や栄養ドリンクが入っていた。
何でも言ってよ、家政婦だから
そう言って看病していた光莉。思い返せば夜に出歩いているということは無かった、日中の一が仕事で不在の時間に今日のように男と会ってたとしても家事が疎かだったことも無かったように思う。
「違う。結局人は裏切るンだよ」
自分のために買ったのかもしれないと思った。けれどその瞬間に昼間の光莉の姿が頭をかすめる。
仕事は決まっていないと聞いていた、それなのに日中に街中で男と談笑しながら歩いているなんて一にとっては馬鹿にされたと感じてもおかしくは無い状況だった。