第2章 懇願
「何が出来ンの?」
「え?」
溜息を吐いた一は空になったカップをシンクに入れると光莉に問いかける。家政婦、なんて言うなら家事全般は当然のこと、それ以上に何かスキルがあるのかもしれない。
「家政婦の光莉さんは何が出来るンだよ」
「あ、えーっと...まぁ、プロではないけど家事全般はそれなりというか人並み程度には出来る」
「人並みって...、他には何か出来ることあんの?」
長く一人暮らしをしてきた一にとって、人並み程度の家事スキルなんて自分と同程度の家政婦を雇う意味は無い、寧ろ無駄だ。それは一ではない他人でも同様だろう。
返答が無いということは、突出したスキルは無いという答えだ。答えあぐねて視線をさ迷わせる光莉に一はふと最初の頃の会話を思い出す。
容姿は中の上、身体付きは豊満とはいかないが痩せぎすでもなし。
一は不躾とは思いつつ光莉の頭のてっぺんからつま先まで視線を動かし情報を整理する。
突出したスキルはなくとも、仕事を選ばないのであれば光莉が視野に入れていた業種でも確かに働けるであろう。
「やる気があるなら仕事、紹介してやろうか」
「え!?ほん...と...」
その言葉にパッと顔を上げた光莉の目の前には一の顔。いつの間に?と考えつつ1歩ずつ後退るが、下がった分だけ距離を詰められ背に硬い壁が当たる。
「あの、一さん。近いんですけど」
目の前の一を直視できず光莉は視線を横に逸らす。距離を少しでも取ろうという意思表示だろうか細い腕が一の胸を押し返してはいるが、所詮は女の力、到底男の力に勝てるはずもない。
「...もしかして経験ねぇ、はずないよな?」
この距離でこの狼狽え方、嫌な予感がする。未経験で風俗を紹介するなんてさすがに鬼畜すぎるだろ。
両腕を壁に付けると自身の中にすっぽりと収まってしまった光莉。一の言葉に顔はみるみる真っ赤になり、無駄だと分かっているだろうにぐいぐいと胸を押し返してくる。
「近いってば!こ、この距離で話す必要ないでしょ!?」
こいつ、どこまで経験あるんだ?いくらなんでもこの反応は...
「まさかキスもねぇの?」
更に赤くなり、恥ずかしさからかキッと睨んでくる瞳には薄ら涙が溜まっているように見えた。その姿に一は思わず笑ってしまった。