第2章 懇願
「な!なんで笑っ...!?」
突然笑いだした一に光莉は言い返そうと顔をパッと上げたが、目の前の一の表情に言葉を飲み込んだ。
ひとしきり笑った後、光莉に視線を戻した一は冷たい笑みを浮かべていた。
「考えが甘ぇんだよ。経験も無いような女が簡単に稼げる仕事だって舐めてンの?」
「な、舐めてなんか...っ!」
一は耳元へと口を近付けて更に冷たく囁く。
「こんな距離で顔赤くしてるような女には出来ねぇよ」
「...それでも」
「あ?」
聞こえた声音が予想と違った一は内心驚いた。身体を離してみれば、声の強さを表すように表情も覚悟を決めたことが分かった。先程まで顔を赤くして狼狽えていた光莉の姿はそこには無かった。
「それでも生きる為にはなんでもするって決めたの。私には仕事を選ぶ時間もお金もないもの」
「...」
プライドだけで食べてはいけない。
世の中お金がなければ、生きていくための何かを買うことも、得ることもできない。
いつか自分も好きな人と結ばれて、人生を歩んでいけると思ってたけれど...
「もう27だし、大事にしてても仕方ないかなって諦めもつく年だし。でも確かに赤くなるのはどうにかしなきゃね」
苦笑してペチペチと自分の頬を軽く叩くと、一は脱力したかのように長い溜息を吐いて光莉の腕を掴んだ。
「自分は大事にしとけ。あとアンタに風俗は無理、大人しく普通の仕事探せ」
「え?でも、お金も余裕ないし...」
「家事全般は出来るんだよな?無給の家政婦さんとやらは」
毎日忙しく過ごしている一にとって家事は非常に面倒なものだった。
ただ、見知らぬ他人を家に入れることも避けたかった。他人は信用出来ない。
光莉とて他人、しかし少し話した限りは悪さはしそうになさそうだと思える。
だからといって全面的に信用なんて出来るはずもないが...
「仕事が見つかるまで置いてやる、その代わり家事全般をすること、これが対価」
元々家より会社で過ごすことが多い一は、世で言うミニマリストほどではないが、日常生活をするにことを欠かない必要最低限の物しか置かないのだ。
盗まれて困るものは置いてない。
「何か一つでも盗んだら...分かるよな?」
そう言った一に光莉は黙って頷くしか選択肢はなかった。