第16章 目が覚めたら
「そのお兄さんってのは近所の誰かだったのかの?」
メンじぃが訊ねた。僕は首を振った。
「ううん、よく知らない人。でもでも、お兄さんと一緒に大蜘蛛の社を守ったんだ」
二人で、一緒に。
「そうかそうか、頑張ったんだな」メンじぃは僕の頭を撫でてくれた。「あとでお兄さんにお礼しないとな。そのお兄さんの名前はなんだったのかの」
「えーっと……」
そういえば、名前、聞いていなかった。お兄さんも名乗らなかったし、思えば僕だって名前を言っていない。知らない人について行ってはダメなのに、僕はどうしてお兄さんを信じたんだろ、と不思議に思った。
「まぁ、いつかはまた会えるだろうな」
とメンじぃは言った。僕もそう思ったので頷いたが、本当はもう一度会いたいという思いが強かっただけかもしれない。
「それと……大蜘蛛の社のことだが」メンじぃが改まった口調で切り出した。「大蜘蛛の社については、他の誰にも話してはいかんぞ。もちろん、お前さんの父さんと母さんにもだ」
「どうして……?」
僕はその理由がよく分からずに聞いた。メンじぃは横を向いて目を伏せた。
「大蜘蛛の社は燃えてはいなかったんだ。今も我ら明一家が密かに守り続けている、秘密の神様なのだ」
「秘密の……」
僕は呟いた。メンじぃはそうだと頷き、こう語ってくれた。
大蜘蛛の社は、かつて明一家のご先祖様を助けた大蜘蛛を祀った社だったのだ。大蜘蛛という恐ろしい見た目に周りの人たちからは忌み嫌われ、山に追いやられてどこかへと姿を消したことから、明一家のご先祖様は、大蜘蛛がいつかここに帰ってこられるように建てたのだと。大蜘蛛を怖がる人に知られないように、敢えて山奥に社を建てて──。
「大蜘蛛さんは、ここに帰ってきただけだったんだね……」
と僕は言った。メンじぃは俯いた。
「だから秘密にしとくんだ。ワシのことを吹き飛ばしたことだって、ワシは許している」
大蜘蛛の社を山火事から助けたことで、過去が変わった。過去が変わったということは、今僕がいる時代も変わったということで、大蜘蛛の社の幻の話なんてなかったことになっていたのだ。
「分かった。僕、秘密にするよ」
僕がそう決意すると、メンじぃはいい子だと褒めてくれた。
「ありがとな。大蜘蛛の社を、守ってくれて」